ザリガニを釣れ!

漫画家 大童澄瞳の公式ブログです。告知や日記など

漫画家になって知った言葉

前置き

私は漫画家になるにあたって「漫画業界の正体」とは言わないまでも何か一般社会に持ち帰ろうと思って小学館に足を向けた。

その手前、(大きな意味での)業界用語的なものでもちょいちょい書き留めておこうかと思うのであった。

ワシが知らないというだけで一般的な言葉もあるかもしれない。

 

1「〇末売り」(~まつうり)

意味:「月末に売られる」という意味。

マンガ雑誌は「〇月号」と冠した雑誌が店頭で古く見られないよう、発売時期より少し先の月を雑誌に書く。

例えば”4月”に売られる雑誌には「5月号」と書かれる。

加えて発売日は”3月27日”だったりする。

つまり3月に5月号が売られるわけだから、読者もさることながら編集部も作家も混乱するのだ。

そこで作られた言葉(多分)が「〇末売り」である。

例えば「3末売り(さんまつうり)の号で~」と言えば「三月末に売られる号で」と理解できるが、ようするに5月号のことなんだな。

 

ちなみにTV業界でも「3末放送」とかそういう「〇末(まつ)」という言葉があるらしい。収録日と放送日が離れてる状態で季節を意識した内容にするからですな。

 

 

『映像研』の性別や国籍についてのメモを見つけた、

 

『映像研には手を出すな!』に関して一年ほど前に書いたメモが見つかった。

その時の感情は少し高ぶっていたようで、なにか激しいものが感ぜられる分になっているがそこは一つご了承頂きたい。

 

改めてメモを読んだところ、その主張はまだ変わっていないので ここに文章供養の意を込めて公開する。

以下はそのメモ↓

 

 

‪身体的特徴が女だからって女とは限らんでしょう。

中身は男ですと言ってるわけじゃないですよ。

どっちでもどうでもいいから女3人でもいいでしょっていうことであり、さらに身体的特徴が女であって、自己認識も概ね女であるからと言って「100%女」なんて人はこの世の中にいないでしょう。

そういう意味で、性別について深く考えて、部員の構成を男男女にするとか女中性男にするとかそういう行為には何も意味がなく、「キャラクター」は性格や行動によっては描かれるべきでなんすよ。

何度も言ってるように、多国籍な学校が自然だと思った事はありますが、思想的に強くおもっているわけではなく、「家には屋根があるのが自然だ」という感情と同様であり、その多国籍の自然さは僕が通っていた市立小学校に色んな国籍・宗教の子供がいたからに過ぎず、別に何の思想もありません。

どうもまだみんな、性別とか国籍とか宗教を見ると「差」「違い」「協調」「平和」とか色んなワードを連想するみたいですけど、そんなんどうでもいいんですよ。

抽象化(「抽象」の意味を調べてね)して理解せずに、境界線のないぼんやりしたものだって事で理解できませんか。‬

 

‪僕が作中で同性同士の恋愛を描いたとしても、それは多分ただの恋愛であって「同性愛」というカテゴリにすらならないんですよ。

僕はキャラクターを性別によってかき分ける能力がないとも言える。‬

 

 

メモ終

以上。

 

 

 

『映像研には手を出すな!』未収録あとがき

 

あとがきの為に書いていた文章であるが、結局提出もせずボツにしたのだ。

以下はその文章。

 

 

飼育が比較的容易であるとされるメダカだが、飼い始めたばかりの頃は勝手がわからずかなりの数を死に追いやってしまって、生き物を生かすのはこんなにも大変なことなのだと、生きとし生けるものの神秘性と人工的に生命をコントロールする難しさを知った。

一方で自分自身の命は「飯を食わなきゃ俺は死ぬ」というぐらいの知識しか持ち合わせていないない身でありながら、安定して(しかも大童澄瞳という人間の手によって人工的に)生かされているわけで、明文化されていない生存術・経験則というものも侮れない。

人類は経験則を盾に死をかいくぐり生きてきたのだ。

さて、アニメだのマンガだのに足を突っ込んだ少年少女諸君等の大半はオリジナルストーリーの妄想にいそしむ時期があるだろうと思うが、僕も例外にもれず中学生の時分にはそのような日々を送っていた。

学校に行かずダラダラとアニメだの映画だのマンガだのを観、ワイドショーを延々観続ける日々の中で、たまに自転車で出かけては青春劇の主人公の如く野っ原にひっくり返って「気の遠くなる様な時間を生きてきた巨木は、溜め込んだ情報を異物として吐き出すのだ。そしてその異物は美少女の形なのだ。」などと考えつつ、自分が野っ原にひっくり返って青空を眺めている状態とその経験もいずれ作品(何の媒体かは知らんが)に活かそうと考えていた。

それから幾年月、漫画連載に興味はないかと声をかけられた時も、これは面白い経験になりそうだぞ、何かのネタになるぞと思った。

単行本が出版されるという今もまだ「単行本が出版される経験は何の役に立つだろうか」と考えているのだが、今語った僕の人生の重要な経験はこの"あとがき"の為にあったのだろうかと、悩んで眠れぬ日々は何の役にたつだろうか。

メダカは生きていて、数も増えつつある暮れのことである。

 

 

 

 

手慣らしにキーを叩く

 単行本第1集が発売されたというのになぜブログを更新しないのだ!!

 

ブログで書くことが見つからないという、「ネタがない」という感覚が久しぶりだ。

「単行本第1集発売中」というドでかいネタがあるのに

選択範囲にリンクを挿入する作業など、懐かしさでワクワクしはじめる。

 

究極映像研究所様のブログで『映像研には手を出すな!』を紹介していただいた中で、当ブログ「ザリガニを釣れ!」へのリンクが貼られていまして

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デンノー忍者こと大童澄瞳です。

はてなブログ始めました。

ブログなんて何年ぶりだろうか。

わしのネットデビューはほぼブログから始まっていますので、勝手は身体が覚えていると思います。

ログが濃く残るブログ、活用していくぜ〜